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〈B&S〉 テューバを語る
ドイツが世界に誇る、現代最高水準の金管楽器ブランド〈B&S〉。「最高の吹奏感」、「正確な音程」、「豊かで美しい音色」を備える完璧な楽器を生み出すために、持てるすべての技術を注ぎ発展し続ける〈B&S〉の楽器は、世界中の音楽家達の高い信頼を得ています。その「ものづくり」とそれぞれの機種の魅力について、読売日本交響楽団テューバ奏者の次田心平氏(以下、敬称略)と、ビュッフェ・クランポン・ジャパンでテューバを担当する技術者の池田正太が語り合いました。(取材:今泉晃一)
池田 そもそも〈B&S〉は何の略かというと、「ブラス&シグナル」、要するに信号ラッパですね。〈B&S〉はもともと東ドイツで、軍隊などに向けて信号ラッパを作っていました。そして冷戦が終わってから西ドイツの〈メルトン・マイネル・ウェストン〉(MMW)と合併しました。実際はMMWのゲルハルト・A・マイネルさんが〈B&S〉を買収したのですが、規模は〈B&S〉の方が大きかったので、当初は「B&Sグループ」という形を取りました。
次田 〈B&S〉の楽器は、昔から今に至るまでドイツスタイルのコンセプトを崩していない気がしますね。
池田 〈MMW〉はいろいろなアーティストの意見を取り入れてどんどん楽器を進化させるので、アメリカンスタイルの楽器も多かったりするのですが、確かに〈B&S〉は軸がぶれませんね。
次田 〈B&S〉はやはりドイツっぽいのかな。個人的な印象ですが、〈B&S〉は吹いていて深みがあるように思います。
ドイツ伝統のB♭管テューバ
池田 まず “3107”という機種ですが、ロータリーバルブを持ち、巻きも伝統的なまさにドイツのB♭管です。もともと “3103”という機種があるのですが、そこからベルを若干小ぶりにして、装飾なども簡略化し、ケースも別売りにしたりと、コストを落としてなるべく価格を抑えています。楽器本体の作りは変えていませんので、 “3107”は価格的にはエントリーモデルですが、楽器として劣っているところはありません。
次田 ずっと昔からあるタイプの楽器ですよね。生徒でも持っている人がいます。最初は値段を聞いて驚きました(笑)。「〈B&S〉でこんなのあるんだ」って。でも吹いてみると深みがあっていい音がしますよ。エントリーという感じはしません。
池田 “GR51”はB♭管のベストセラー・モデルです。「GR」はチェコのグラスリッツという地名の頭文字で、メルトン・マイネル・ウェストン発祥の地でもあり、ボーランド&フックスがあった場所でもあります。そういう、伝統のチェコ/ドイツの楽器を意識したデザインで、サイズは4/4です。
次田 “GR41”というピストンのC管もありますが……。
池田 そちらはいわゆるヨークモデルで、ヨーク社のあったグランドラピッズというアメリカの地名から取っています。
次田 “GR”と同じ型番が付いているのは偶然なんだ(笑)。確かに、比べてみるとまるで別物ですね。改めて“GR51”を吹いてみましたが、ワイドに息が入る感じがあります。これ、いい楽器ですね。くせもなく吹きやすいし、C管の代わりにも使えるB♭管だと思います。
池田 困ったときはこの楽器をお薦めしています。アマチュアの方ならこれ1本あったらいいくらいの楽器です。
これに対して“GR55”は、素材がゴールドブラスになり、サイズも5/4になります。
次田 音のキャパシティが大きくなりますよね。
池田 ここまではロータリーでしたが、“3301”はB♭管のピストンです。4/4で小柄な楽器ですが、それに大きなベルを組み合わせています。〈B&S〉にはこういう、扱いやすさとキャパシティのバランスを取った組み合わせが多いですね。このモデルは中・高校生が吹奏楽部で使うことも多いです。価格的にエントリークラスですが、どんな場面でも問題なく使えると思います。
次田 この楽器は扱いやすさも機動力もあって、バランスがいいですね。オーケストラでも普通に使えると思います。
池田 “3302”は、“3301”に5番ロータリーが付いたモデルになります。5番があることで、低いE♭の音が4、5で取れます。
次田 あと、ペダルのHも取りやすくなりますね。便利は便利。
池田 ただ、吹奏感など多少変わってきます。C管はそれありきなので違和感がないですが。もしかすると、4バルブのC管が出たら、音がいいのかもしれませんが。
次田 ワーレン・デックは練習用にシェルツァーの4ロータリーのC管を使っていたそうです。たぶん、吹き心地が気に入ったのでしょうね。
PT6に代表されるC管テューバ
池田 C管に行きますと、まず「PT6」という愛称で知られている“3098”。「PT」はテューバ奏者のペラントーニさんとトゥッチさんを示します。ただ、「6」がどこから来ているのか、いろいろ調べたのですがよくわかりませんでした。“4097”が「PT20」で、F管の “3099”
が「PT10」なんですよ。その間がない。
それはともかくとして、“3197”という6/4サイズの楽器からワンサイズ落としたのがロータリーの“3098”です。そして、ボディとベルは同じで、中のシステムだけが違うピストンの“3198”というモデルもあります。これらは〈B&S〉のC管のベストセラーで、いろいろなオーケストラプレーヤーの方と話しましたが、みんなこの楽器は好きと言ってくれます。
次田 僕もロータリーとピストン、両方使っていますが、何しろサイズ的に万能なんですよ。本当にちょうどいいところをいっていて、太いけれど大味にならないし、バランスがいいのだと思います。
池田 面白いことに、関西と関東で、好みが分かれるみたいなんです。関東だとシルバーのピストンが好きという人が多くて、関西だとラッカーのロータリーが好きという人が多い。
次田 ロータリーのラッカー、いいよね。わかる(笑)。自分でも吹いていますが、柔らかい音がするんですよ。それでいて重くない。
池田 最近だと、ロータリーの方が人気かもしれませんね。
次田 多分、ピストンの“3198”は最初スモールバルブで開発されて、数年後にビッグバルブに変更されたはずです。一方でロータリーは変わっていない。もしかするとスモールバルブのままだったら、ピストンの方を好きな人も多かったかもしれません。ただしビッグバルブだと音が太くなり、低音は出しやすくなります。
池田 世界的に太い音を求めるようになったときに、〈B&S〉もそれに従って、ビッグバルブで統一されました。
次田 ただピストンを変えただけでなく、それに伴って他の部分も調整していて、楽器の性格が少し変わったのでしょうね。ロータリーの方が当初のイメージをそのまま残しているのではないでしょうか。
池田 いずれにしても、ペラントーニさんとトゥッチさんが共同で開発したというのは、テューバの歴史的にもすごいことだと思います。アメリカとドイツ、2つの潮流が合わさったわけですから。
次田 当時、2人はアメリカのアーミーバンドで一緒だったんですよ。そのときのテューバは最強だったでしょうね(笑)。トゥッチさんはずっとドイツで活躍されていて、ウィーン・フィルでも吹いていた。でもアメリカの軍隊に入るために帰国して、戻ってきたらもうウィーン・フィルのポジションは埋まっていたという。
池田 お二人の共同開発したものには、5ロータリーの“4097”というモデルもあります。
次田 「PT20」ですね。
池田 “4097”は、“3098”(PT6)を小型化したものです。PT6同様に、こちらにもピストンの“4197”というモデルがあります。
次田 吹き比べてみると、ピストンの方が若干音がはっきりするような気がします。ロータリーの方が音が濃くなるのかな。
池田 構造的にはピストンの方が丸い管を維持しているので、ストレスなく鳴るのだと思います。ロータリーの方はそこで息の通り道が狭くなるので、芯が出しやすい。
次田 どちらも、PT6に比べるとそのサイズ同様コンパクトに感じますので、アンサンブルなどにより向いていると思います。あとは体格によって、PT6が大きいと感じるのなら、PT20の方がお薦めかもしれません。
池田 あらためて見てみると、やはり〈MMW〉がアーティストの意見を取り入れてどんどん新しいモデルを出すのと対照的ですね。
次田 ペラントーニさんの場合も、〈B&S〉側から「こういう楽器を作りたい」と言って出してきたものを、チェックして開発したそうです。あくまでメーカー主導なんですね。
池田 だから、楽器としてぶれない。安定感と安心感は〈B&S〉の特長でしょうね。
次田 “MRP”の場合も、ウィーンに持って行ってペラントーニさんに試作品を吹いてもらったそうです。ペラントーニさんの方から「こういう楽器を」と言うのではなく、あくまで〈B&S〉の方から提案しているということのようです。
池田 ペラントーニさんのシグネチャーモデルでもある“MRP-C”は、形状は“3098”に近いですが、ベルが大きく、幅も広く、一回り大きくなったようなサイズ感です。
次田 それによって、音もよりワイドになりますね。
池田 ちなみに型番は「ミスター・ペラントーニ」を意味しています。ペラントーニさんの全面監修モデルで10年くらい前に発売されましたが、〈B&S〉としては本当に久しぶりに出た新作で、当時かなり話題になりました。
次田 このサイズにしては価格も高いわけではない。
池田 むしろ“3098”より安い。やはり、もともとあったパーツを組み合わせて作っているので、コストを下げられたということです。
それに対して、先ほども話に出ました“GR41”は、ヨークを意識してベルから管体まで全部新たに設計した楽器です。4/4サイズなのでヨークよりもコンパクトですが、管のレイアウト、ボディ形状、構える感じなど、「ベビーヨーク」と言っても遜色ない楽器です。なお、先ほども言いましたが「GR」はアメリカの地名の「グランドラビッヅ」のことです。
次田 この楽器、一時期持っていました。4/4だけれどリッチな音が出て、いい楽器ですよ。下から上まで吹きやすいので、1本だけ持とうと思ったら、これで行けると思います。
定番と最新のF管テューバ
池田 F管にいきますと、ベストセラー中のベストセラーと言えるのが、“3099/2/W”です。この形はもう古くからあるもので、もともとの“3099”はボアもバルブも細い典型的なドイツのF管でした。そのボアを太くして“3099/W”になりました。「2」が付いているのは、「5番バルブを右手で操作する」という意味です。ですから左手操作の“3099/W”というモデルもあります。
次田 定番のF管ですね。僕の生徒でもこの楽器を持っている人は多いです。吹きやすく、変わらない良さがありますね。「音色を作る」という作業が楽しい楽器です。
池田 ちなみにWGというゴールドブラスのモデルもありますが、素材の組み合わせはいろいろなパターンがあって、ベルとボトムだけゴールドブラスだったり、逆に抜き差し管だけゴールドだったりと、組み合わせは様々です。
次田 今、ベルとボトムがゴールドブラスの楽器を吹きましたが、やはりゴールドが入る分、音に深みがありますね。この楽器、形はずっと変わりませんが、「○○記念モデル」とか「△△エディション」などいろいろなバリエーションもありました。
池田 カタログに載っているものでは、“3099”/“3100WGJ” という、イェンス・ビョルン・ラーセンさんのシグネチャーモデルがあります。これは5番の枝管の形状が違ったり、主管がリバース管になったりしてあって、反応のよさを狙っています。
次田 これは本当にソロ向きの楽器ですね。パッと音が出ます。
池田 〈B&S〉で一番新しいF管が、アレッサンドロ・フォッシさんの“56AFT”です。これは〈MMW〉の技術が入って、管のレイアウトがガラッと変わりました。つまり5番、6番が4番の後ろ側にあり、マウスパイプもなるべくまっすぐにすることでストレスなく吹けるように改良されています。ベルだけゴールドブラスになっていて、これはイタリアの方が全般的に好む傾向にあるそうです。
次田 現代の楽器という印象で、レスポンスが良くまっすぐ吹ける感じです。
池田 F管にもペラントーニさんの名前を冠した“MRP-F”というモデルがありますが、これは“3099”のベルとボディにピストンを組み合わせたものです。
次田 実際にペラントーニさんが使っていましたが、ピストンなのにロータリーの音がするんですよ。
池田 機動性は吹奏感はピストンなのに、出る音はロータリーという、不思議な楽器です。
次田 なお、僕が今使っているF管は “5099/2/W”という、“3099”のベルの形状が違うものです。根本から緩やかに太くなっているので、太い部分が“3099”より多く、音もよりワイドな感じになります。ただ、今の楽器の作り方だと、“3099”の方が好きかな。レバーなど細かな部分が変わっているので、バランスも多少変化しているんです。
池田 “3099”も多分、10年前の楽器と吹き比べたらいろいろ改善されていますので、音の感じも変わっていると思います。
次田 特に下の音が全然鳴るようになっています。だから、今なら“3099”でまったく問題ない。。
池田 定番の楽器をガラッと変えるのではなく、伝統は大事にしながらブラッシュアップしていくというのが、〈B&S〉の考え方なのでしょうね。
次田 今日吹いてみると、同じモデルでも以前の印象よりもずっとよくなっているものがけっこうありました。ちょっとくせがあったのがなくなり、吹きやすくなったりとか。
池田 とくに近年、全体のクオリティが上ってきていて、以前あった弱点が解消されているんです。
次田 個人的にはちょっと困りますね。また買わないといけなくなってしまうから(笑)。
ありがとうございました。
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